AIに負けない力は、どこで育つのか

こんばんは。伸学会の菊池です。

「AIが何でも教えてくれる時代に、私たちじゃなければ子どもに教えられないことはなんだろうか?」
最近、よくこんなことを考えます。

ChatGPTに聞けば、ほとんどの問題に数秒で答えが返ってくる時代です。
親も先生も、なんなら検索よりAIに聞いた方が早い、というケースもどんどん増えてきました。

そんな中で先日、毎年恒例の「史跡めぐり」を無事に終えることができました。
インターネット使用禁止で、地図とテキストだけを頼りに、子どもたちだけで都内を歩き回るイベントです。

今年で3回目、参加人数は過去最大の49名。
申し込み開始からわずか1分11秒で満席という、運営側がびっくりするスピードで申し込みが集まりました。

参加できない人が多すぎて、さすがに申し訳ないと思って席を増やしたのですが、それでもまだ足りず、申し込み開始初日に申し込みの方までで打ち切りとなりました。
参加できなかったご家庭、本当にすみません。
ただ、これだけ多くの方に楽しみにしていただけるイベントを作れたこと、運営の人間として、心から嬉しく思っています。

今日はこのイベントの当日、現場で起きていたことを正直にお伝えしながら、私たちがこのイベントを通じて何を育てようとしているのか、最近の研究知見も交えて少し踏み込んで書いてみたいと思います。
少し長くなりますが、お付き合いください。


■ 史跡めぐりとはどんなイベントか
このイベントは、都内の十数か所の史跡を、班ごとにルートを考えて回るゲーム型のイベントです。
当日はインターネット使用禁止。配布したテキストと、駅の案内板だけを頼りに、子どもたちだけで電車を乗り継いで史跡を巡ります。

各班ごとに引率の先生はついていきますが、原則ヒントは出しません。
電車を選ぶのも、地下鉄の出口を選ぶのも、迷ったときにどうするかも、全部子どもたちが決めます。

シンプルなようでいて、とんでもなく難しい。
そして、とんでもなく多くのことが、ここで起きます。


■ 4時間歩いて、4か所しか回れなかったチームの話
イベントの運営責任者である福田先生の班は、今年もビリでした(笑)。
過去2年もビリかビリから2番目。
「そろそろ勝ちたい」と意気込んで臨んだ今年も、結果は4か所のみ。
一番多く回ったチームは7か所だったので、ほぼ半分の成績です。
何をしていたかというと、こんな具合です。

四谷駅では、駅前の地図が「北が上ではない」ことに気づかず、迷走。
桜田門に着いたら、近くに見えた赤レンガの建物(実は法務省)を「あれ東京駅じゃない!?」と勘違いして、みんなでそちらに突進。建物の正面まで歩いて「あれ、違わない?」となって引き返す。
有楽町線で東京駅に行きたいのに有楽町で降りず、銀座一丁目まで行き、地下と地上をぐるぐる回る。やっとJR有楽町駅にたどり着いたと思ったら、今度は逆方向の山手線に乗りかける。
東京駅では、子どもの一人がきっぷを紛失。10分かけてようやく発見。

──これ、ほぼ「迷走の記録」です。
ここまで読んで「うちの子だったら絶対イライラする」「私が引率だったら教えてあげたくなる」と思った方、たぶん正解です。

私も、もしその場にいたら、口を出したくなるのを我慢するのに必死だったと思います(笑)

福田先生はレポートにこう書いていました。
「特に私は準備から全部やっているので全部の場所の状況や攻略法が全部頭に入っているのにそれを伝えることができず必死に耐えながら『あーそっちじゃない…また歩く距離が…』と思いながらついていくことに(笑)」
たぶん、保護者の方々が日常で感じている気持ちと、まったく同じだと思います。


■ それでも口を出さない、という設計

なぜ引率の先生は口を出さないのか。
教えた方が早い。教えてあげれば、もっと多くの史跡を回れる。
子どもたちも疲れずに済む。
それは、その通りです。
でも、教えてしまった瞬間、このイベントが大事にしているものが、すべて消えてしまいます。

「自分たちで考えて、間違えて、修正して、また動く」

この一連のサイクルを、4時間まるごと体験できる場所が、今の子どもたちの日常にはほとんどありません。
学校の授業にも、塾の授業にも、習い事にも、たいてい「正解」がすぐ近くにあって、誰かが答えを教えてくれる構造になっています。

親御さんもそうです。
お子さんが困っていれば、助けたくなる。
それは愛情だし、ごく自然なことです。

ただ、毎回それをやってしまうと、子どもは「困ったら誰かに聞けばいい」という回路を学んでしまいます。
自分で考える筋肉が、つきにくくなる。

私たちが史跡めぐりで本当にやりたいのは、その「自分で考える筋肉」を、一日かけて使い切ってもらうことです。
こうした経験が子どもの学力だけでなく、もっと重要な非認知的能力を伸ばすことが研究でも示されているんです。

発達心理学の第一人者で、子どもの言語発達やしつけスタイルの研究で世界的に知られているお茶の水大学の名誉教授である内田伸子先生は、いつも子育ての重要なポイントとして
「答えを教えるより気づかせる」
「教えたくなるのを我慢する」
「失敗しながら試行錯誤」
といったことを挙げていらっしゃいます。

内田先生の3,000名規模の長期追跡調査からも、子どもの語彙力や学力に影響するのは、家庭の所得ではなく、親の「しつけスタイル」だったそうです。

具体的には、しつけスタイルを大きく2つに分けると、
共有型しつけ
・子どもと楽しい経験を共有しようとする
・3H(ほめる・はげます・ひろげる)の言葉かけが多い
・子どもに考える余地を残す
・主体的に探索し、自律的に考えて行動する子に育つ
強制型しつけ
・指示的・トップダウンの介入が多い
・「考える余地」を与えない
・親の指示を待ち、顔色を見ながら行動する子に育つ
とのことでした。

そして内田先生は、首都圏2,000世帯の追跡調査で、難関校突破組・最難関国家試験突破組のご家庭が、圧倒的に共有型しつけだったことも示しています。

つまり、子どもが自分で考える余地を奪わない関わりが、長い目で見て一番効くということです。
これを見て「耳が痛い…」と思った方もいらっしゃるかもしれません。 でも、明日からガラリと変える必要はありません。
たとえば、お子さんが宿題で迷っているときに、答えを教える代わりに、ひと言「どこまで分かった?」と聞いてみる。 これだけでも、立派な共有型しつけへの第一歩です。

史跡めぐりで各先生たちがやっていることも、実はこれとほとんど同じなんです。
答えを教えず、考える余地を残す。
失敗しても責めず、次にどうするかを子ども自身に決めさせる。
実は福田先生がこのイベントを設計したときは、そこまで明確に研究知見と結びつけて考えてはいませんでした。
ただ、子どもたちが本当に伸びるのはどういう関わり方をしたときか、現場で見てきた実感を形にした結果、内田先生の研究と同じ方向を向いていました。

■ 教室では絶対に見えない一面が、ここでは見える
福田先生の班では、こんな場面もあったそうです。

普段は他の子から注意されることが多い子が、移動中に「広がらないで、走らないで移動しようよ」と、みんなに声をかけていた。
将門塚に着いたとき、誰からともなく「お墓だから静かにしよう」という声が上がり、出発のときに塚に向かって一礼してから去る子がいた。
桜田門のお堀の水面に反射した光が、白い壁にゆらゆら映る様子を見て「ここでゆっくり絵を描きたい」と言い出す子がいた。

教室で問題を解いている姿だけを見ていたら、一生気づかない一面です。
特に最後のエピソード。
お堀の水面に反射した光が、桜田門の白い壁にゆらゆら映る──これは現地に行って、自分の目で見なければ絶対に出会えない景色です。
教科書で「桜田門」という3文字を読んでも、Googleで画像を検索しても、この感覚は手に入りません。

■ 「ことばが体に着地する」ということ
ここでもう一つ、最近の研究をご紹介させてください。

認知科学者の今井むつみ先生が提唱されている「記号接地問題」という概念があります。
AIは、たとえばChatGPTのような対話型AIは、膨大な文章を学習して「それらしい」答えを返してきます。
でも、AIが扱っている「ことば」は、人間の体験や感覚と結びついていません。
「桜田門」という文字列を知っていても、そこに吹く風や、お堀の水のにおいや、足の裏に伝わる石畳の感触は、AIには絶対にわからない。

これに対して、人間のことばは、体験と結びついて初めて本当に「自分のもの」になります。
例えば、幼児期に、保育者が砂遊びをしている子どもに「さわやかな風だね」と声をかける。

その経験をした子は、小学生になって「さわやかな風」という詩を読んだときに、あのときの感覚がふっと蘇る。
「さわやかな風」ということばが、その子の体に「着地」しているんです。

逆に、体験のない子にとって「さわやかな風」は、ただの文字列でしかありません。

辞書的な意味は知っていても、心が動かない。
「ここでゆっくり絵を描きたい」と感じた子は、桜田門という3文字を「知識」として知ったのではなく、お堀の光の揺らめきとして、自分の体に着地させたんだと思います。
これから先、教科書で桜田門という文字を見たとき、あの子の中には何かが蘇るはずです。
それは、Googleで画像を見ただけの子には絶対に手に入らないものです。

ことばを覚える、知識を増やす、ということの本当の意味は、たぶんここにあります。
そしてそれは、五感を使った実体験なしには絶対に育たないものです。

■ 判断力が、リアルな場面で鍛えられる
一方、自由が丘の男子8人を率いた木越先生の班。
全体3位、自由が丘内では1位という好成績でした。

木越先生が個人MVPに挙げていたのは、Sくんという生徒です。
作戦会議で他の子の提案に補足を加え、休憩中に次のルートを調べ、電車に乗ったら一人で校舎までの地図を取り出して経路を研究し、最後は飯田橋駅で「東口側の車両に乗ろう」と提案。
これがなければ集合時間に遅刻していたそうです。

木越先生はレポートにこう書いていました。
「S君の判断がなければ、確実に遅刻していた」

これ、すごく大事な話だと思っています。
教室の中の判断力って、たぶん「この問題の解き方はどれか」というレベルです。 それも大事ですが、人生で本当に必要になるのは、「今、何をすべきか」「どの情報を信じて、どう動くか」というリアルな判断力の方です。
そして、こういう判断力は、リアルな場面で実際に判断する経験を積まないと、絶対に鍛えられません。

Sくんは、史跡めぐりの一日で、何十回も自分で判断しています。 作戦会議で意見を言うかどうか。
休憩中に何をするか。 車両のどこに乗るか。
そのうちのいくつかが、結果として「グッジョブ」と呼ばれる場面になった。

こういう成長が見られるのも、体験学習の醍醐味の1つですね。

■ AI時代に「自分で考える経験」が持つ重み
非認知能力も、体験に裏打ちされたことばも、AIには代替されない力です。
では、逆に「AIに頼りすぎる」と、私たちの脳はどうなってしまうのでしょうか。
最近、MIT(マサチューセッツ工科大学)のMedia Labチームが、興味深い研究結果を発表しました(2025年7月)。
18~39歳の被験者を3グループに分け、小論文を書かせる実験です。
① AIを使って書いたグループ ② 検索エンジンを使って書いたグループ ③ 自分の頭だけで書いたグループ
結果は、こうでした。
・書かれた文章の質:③が最も多様な主張と個性的な論点を含み、①は名前や年号への言及が多く画一的
・書いた内容を後日思い出せるかのテスト:③>②>①の順で、AIを使った群は最も思い出せなかった
・書いている最中の脳活動:③が最も強い神経ネットワーク結合を示し、①は脳活動が著しく低下
つまり、AIに頼って効率化するほど、思考は浅くなり、記憶にも残らず、脳の活動も鈍る。
研究チームはこう警告しています。
「学習の初期段階でのAI活用は、脳への打撃が最大になる可能性がある」
私はこの研究を知ったとき、史跡めぐりのことを思い浮かべました。
子どもたちに、地下鉄の出口番号も、最短ルートも、史跡の場所も、何ひとつ教えない4時間。 迷うし、間違える。 それでもインターネットには頼らせない。
自分の足で歩き、自分の目で標識を読み、自分の頭で考える。
これからの時代、AIに調べさせれば数秒で答えが出る情報は、どんどん価値を失っていきます。
残っていくのは、自分の体で得た経験と、その経験に裏打ちされた判断力だけです。
だからこそ、子どもの時期に、五感を使ってたっぷり実体験を積んでおく意味があると、私は思っています。
冒頭の問いに戻ります。
「AIが何でも教えてくれる時代に、私たちじゃなければ子どもに教えられないことはなんだろうか?」
今日ここまで書いてきたことが、私の答えです。
自分の足で歩き、五感で世界を感じる経験。
失敗しながら自分で判断する経験。
こういう「自分の体で学ぶ機会」を渡してあげること──これこそ、私たち大人にしかできないことだと思っています。
AIが何でも教えてくれる時代だからこそ、「教えない」時間の価値がますます上がっている、と私は思います。

■ 私たちが伸学会で大事にしていること
伸学会の授業や日常のホームルームでも、私たちが一番大事にしているのは、答えを教えることよりも、子どもが自分で気づける機会をどれだけ作れるか、なんです。
内田先生の言葉を借りるなら、「頭はいつも先回り、援助は後からついていけ」。
子どもより先に、大人は答えを知っている。 でも先回りして答えを渡さず、子どもが自分でたどり着くのを後ろから支える。
解き方を教えるより、「なんでこの問題、間違えたんだろうね」と一緒に振り返る時間。 次にどうするかを子ども自身に決めてもらう時間。 これを、毎週、淡々と積み重ねています。
史跡めぐりは、その思想を一日にぎゅっと圧縮したイベント、と言ってもいいかもしれません。

■ 「現代版の冒険」
レポートを先生たちからもらって、私が一番心に残ったのは、福田先生のこの一文でした。
「史跡めぐり、現代版の冒険だなと感じつつ子ども達が歩く姿を後ろから応援しつつ」
冒険、という言葉が、すごくしっくりきました。
東京の街を、子どもたちだけで地図とテキストだけを頼りに歩く。 迷う、間違える、引き返す、もう一回考える、ようやくたどり着く。
これって、私たちが子どもの頃に、もう少し近所の規模で自然にやっていたことに近いんです。
今は安全管理の問題もあって、こういう経験を自然にする機会が、本当に減りました。

実際に今回でのイベントでも危険な場面がありました。
あるチームが大森貝塚で休憩していたとき、2人の生徒が線路脇の柵を乗り越えて線路まで近づこうとしたそうです。
引率の先生から危険行為として即イエローカードが出され、厳重注意を行いました。
当然です。命に関わる行動です。
こうした経験も、子どもにとっては大事なことですね。
ただ、叱られて終わりにするのではなく、「何が危なかったのか」「次はどうすればいいか」を本人に考えてもらう。
こうした経験を、判断力を成長させる機会にすることも大事です。
お子さんの人生を左右するのは、たぶん、こういう場面での判断の積み重ねの方なんです。

内田先生の研究で言うところの「非認知能力」──自制心、実行力、社会性──は、まさにこういう場面で発揮され、磨かれていくものです。
そしてこれは、AIには代替されない力でもあります。
親御さんたちも、子どもだけでは危なくて史跡巡りをさせられないだろうなということを再確認するとともに、だからこそ私たち大人が見守って安全確保をしながらこういう経験をさせることの価値を感じた次第です。


■ 今後に向けて
このイベント、本当に価値ある体験と学びを届けられると思うので、本当は一般の方にも公開して多くの子たちに参加してほしいんですよね。
でも、なかなか規模を拡大できなくて、もどかしいところです。

・1チーム7人までにしないと、当事者意識が薄れる子が出てくる
・1チームにスタッフ2人体制を崩したくない(不測の事態への備え)
・スタート/ゴール地点に全員が入れる必要がある
・チーム数を増やしすぎると「勝てそう」という感覚が薄れる

こうした問題があるため、1回あたり定員50人くらいが限界で、伸学会内だけでも満席になってしまい、参加できない子がいる状況です。
日程を分けて2回開催できないかとかも考えているんですが、模試のスケジュールや他のイベントとの兼ね合いもあって難しいんですよね。
スタッフにあんまり休日出勤をたくさんさせるわけにはいかないという問題もありまして… ^^;
ひきつづき検討していきたいと思います。
いつか一般参加も受け入れられるようになったら、ぜひ参加を検討してみて下さい^^

それでは。



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