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塾の決定と卒塾
「睡眠時間が少なくても慣れていきますよ。」と、某塾で3年生の冬に言われました。それが当たり前の環境にしたくないとの思いから、1教科のみ通塾していたその塾を選択肢から外し、新4年生からの塾選びは振り出しに。その頃、菊池先生の著書を読んでいたこともあり、子供らしい生活が送れそうで娘の成長速度に合いそうな伸学会にお世話になることに決めました。
塾での娘は、募集をしていない「読書部」に入り書評を出し、毎週のように菊池先生と縄跳び対決をし、ピアノ発表会に先生方が来てくださったりと、勉強以外でもお世話になりました。こういった柔軟で、娘に寄り添ってくださる日々は、娘にとって先生方との強固な信頼関係となり、塾大好きな受験生に成長しました。受験校を決めるまで
受験校を決めるにあたり、2つのことを娘に伝えていていました。1つ目は、学校は偏差値で選ぶものではないということ。偏差値は1つの指標でしかなく、高いから良い・偉いわけではないので数字や周りに左右されないこと。2つ目は、その学校に行きたい理由が言え、通いたいと思えること、でした。
紆余曲折ありましたが、1月1校・2月1校と2校受験となりました。
最終的に娘の選んだ2校の偏差値差は15ですが、どちらも甲乙つけ難く、第一志望のようなものでした。数字だけに注目すると随分と違う学校ですが、中学生を経て、高校生になった頃の学生達の雰囲気や立ち振る舞いはよく似ていました。この様な雰囲気が本人には魅力的に映るのだなと、腑に落ちたのを覚えています。また、そこに娘がいることを違和感なく想像出来ました。
しかし、初めから2校だったわけではなく、部活に惹かれる志望校があと2つありましたが、土壇場で消えました。私としては、本当に受験しなくて良いのか後悔しないのか、と不安や葛藤もありました。秦先生と本人で意思確認を重ね、選択と集中をし、きっぱり他校を諦める結果となりました。色々な感情や思いが交錯する中、最善の受験になるよう背中を押していただき、今となっては感謝しかございません。受験当日
1月校。初めての受験が、練習ではなく本当に本番。4年生の頃から足を何度も運び、当日は前泊をして入試に臨みました。とてもリラックスして受けられたようで、周りの様子をよく覚えていました。受験直後には、「全部解けた、絶対にトップで受かる」。そう言って帰路に着き、翌日の発表は自分で確認をしました。こちらでは合格をいただき、大きな安心を得られました。
2月1回目受験が終わるとすぐに塾に行き、再度解き直し。採点をして心づもりが出来たのか、結果も自分で確認。残念な結果になりましたが、自宅では大きな動揺も無く、淡々と勉強をして早めに就寝しました。
2回目は難易度が上がり、会場で学校のクラスメイト何人かに遭遇したこともあり、受験直後の感想は「五分五分だと思うけど、どうかなあ。。。」と気の弱い返事でした。これで受験終了でしたが、塾に行き気持ちを整えて帰宅しました。
合否発表前に、「もし繰り上がり合格したらどちらを選ぶ?」という私の質問に、「鶏口牛後」と言い、「ギリギリで入学する学校よりも、気持ちに余裕がある方がいいからもし連絡が来ても2月校には行かない」とキッパリと答えました。自分自身に言い聞かせているようでもあり、実は少し心配でした。そして翌朝、またもや自分で合否確認。残念な結果となり、涙を流しているようでしたが、その後も5日まで毎日オンラインに入り、勉強を続けました。強くなったな、と感じました。
過去問演習から当日までの得点率は、おそらく本番が過去1番の出来だったと思います。本当に受験の時まで学力は上がるものだと思いました。オンラインが終わる頃には、迷いがなく進学できる気持ちになっていました。受験を経験して
過去問を解いていく日々の中で、秦先生も私も頭を抱える場面に出くわしたものの、当の娘はリジリエンスが高いのか特に気にすることもなく、次の行動に移せていました。少しは気にした方がいいと思うような点数でも、「伸び代がある」と自分で言うほどのポジティブさ。(本心はどうだったか分からないですが)そういえば、小学3年生の頃に好きだった書籍は「パラアスリートの折れないココロのつくりかた」だったということを思い出しました。
学年が上がるにつれ、垂直比較ができるようになり、色々な思いをしても気持ちの切り替えが早くなりました。これは、ひとえにホームルームのおかげだと思います。娘の一番好きな授業でした。
受験後の総括で秦先生に伝えられた未解決の課題は、次の6年間でクリアをし、元々のストイックさとリジリエンスの高さとが合わささって、大きく成長する姿を楽しみにしたいと思います。
進学先は、娘にとっても私にとっても足りないところを補うのに最善な環境です。もし、神様がいるならば、その勉強をするため選ばれた場所で、ご縁を結ばれたのだと思います。最後に
娘に「もう1度、受験をしたいか」と問うたところ、「同じ仲間で、同じ塾でやりたい。受験が終わるのはとても寂しいと思う」という答えを聞いて、伸学会では、合格という結果だけではなく目には見えない大切なものを娘に与えてくださった、と嬉しく思いました。大切な小学生時代をより素晴らしいものにしていただいたこと、深謝いたします。
