國學院久我山進学D君の受験体験記


我が家の受験体験記です。

結果として、第一志望校の学校に合格を頂く事ができました。
しかし、この結果が出るまで、決して順風満帆ではなく紆余曲折、沢山ありました。

息子は、サッカーが好きで直前まで両立すると思っていました。
しかし、7月に本人から勉強に集中したいとの申し出があり、私たちも驚きましたが本人の意思を尊重して休部する事になりました。
そこから、夏合宿の頃から目の色が変わり、しっかりと勉強へ集中し始めました。
実際に夏は受験の天王山?などよく言われますが、量もこなしていたため、その後の模試は最高点を取る事ができました。

夏には「伸びている」と親子ともども実感しており、このまま上がっていくものだと思っていました。
しかしその後は、模試を受けるたびに偏差値が下降していき、最後の2回の模試では、夏には合格圏内だった第一志望校が赤色の「再考」ゾーンに。
また、これまで安全校と考えていた学校でも、合格が危うい数値が出るようになっていました。
特に国語が苦手で、模試では2~3割しか取れない状況でした。伸学会で約1年間、国語の個別指導をお願いし、一生懸命取り組んだ結果、4割程度は取れるようになりつつあり、少しずつ成果が出てきていましたが、それでも国語は依然として苦戦していました。

一方で模試の結果は芳しくないものの、息子は「塾、楽しい」と言いながら、自習にはフル参加し、朝も毎日登校前に勉強し、とても頑張っていました。
朝から晩まで、毎日頑張っている息子の姿を見て、色々考えた結果、私たちは模試の結果については「何も触れない」と決めました。
息子はプライドもある子なので、その結果にかなり落ち込んでいたと思います。
しかし、成績を知って帰って来た日は妙に明るく、自分を鼓舞しているように見えて、時折悲しそうな仕草や表情が隠せておらず、胸が締め付けられる思いでした。

こんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、自分で計画を立てて勉強し、文句も言わず、素直に愚直に勉強に向き合う息子の姿を目の当たりにし、想像していた以上の成長を感じ、受験を迎える前から夫婦ともに「この経験は、息子にとってすでに一生の宝物になっている」と思っていました。

息子は5年生から伸学会に転塾してきましたが、約2年間で本当に変わりました。自分で考え、自分で学ぶ事ができるようになっていました。
勉強に関して、本当に自立しました。いつの間にか「勉強は?」という声かけや親のお膳立ては必要なくなっていました。

そういった気持ちの中、私の中で中学受験は人生の過程のひとつに過ぎず、この経験を通して息子が失敗だと感じる事、自信をなくす事だけは絶対に避けたいと思っていました。
そのため、模試の結果を見て、志望校や併願校を絶対に合格できる学校に変更したほうが良いのではと考えていました。

しかし、12月下旬頃秦先生に面談で、その件を相談すると「偏差値は直近だけでなく、これまでの平均で考えてよい、安全な計画を持つ事自体はとてもいい事だが、諦めるにはまだ早い」という事を話して頂き。ついつい、後ろ向きになっていた気持ち、守りに入ろうとしていた所、現実に戻して下さいました。

第一志望は変えず、もう一つかなりレベルの高いチャレンジ校の過去問も引き続き取り組む事になりました。
私は素人のため、正直チャレンジ校の過去問は難しい上になかなか点数がとれず、息子も大変そうだったので、「もうやらなくてもいいのでは?」と思っていました。
しかし、「男子は安易に志望校を下げるとモチベーションが下がる可能性がある」事などを教えて頂き、秦先生を信じて取り組み続けました。

今振り返ると、これはとても重要なポイントで、第一志望だけに早い段階からフォーカスしていたら、恐らく厳しい結果になっていたのではないかと思います。
更に高いレベルに挑戦し、大変な思いをしながらも取り組み続けたからこそ、得られた結果であったのではないかと感じています。
先生は受験のプロフェッショナルであり、妥協せず、信じてやり続けて良かったと思いました。

また面談の中での学びとして、私は「不合格になる」という事は、事前の可能性として息子と話し合い、フォローしていれば、さほど問題はないと考えていたのですが
それについて秦先生にご相談した所、過去のご経験を含め教えて下さり、息子の性格を考えた場合、「不合格」はモチベーションや結果に影響が出ると判断し、慎重に併願戦略を練る必要があるという事に気付きました。

そこで、我が家にとっては1月の受験はとても重要でした。
まず1月8日に安全圏の学校を受験し、合格。とても喜んでいて、自信に満ち溢れていました。偏差値など関係なく「合格」の力は想像以上にすごいと体感しました。

次に、1月10日に1回の試験でグループ校を同時判定(3校)してくれる埼玉の学校を受験しました。ここの狙いは、遠いものの登校可能であること、偏差値層が広いため、一校は合格が取れそうであったためです。息子は受験後「算数が過去問より簡単だった」と言って出てきました。

結果は、一番安全圏の学校は合格、一番偏差値が高い学校は不合格。その結果を見て、最後の一校は一番高い学校と偏差値が同程度であったため、ダメだと思っていたら、なんと「合格」していました。息子の偏差値から考えると快挙であり、驚きました。

一番高い偏差値の学校も9点足らずだったので、この結果に息子も大喜びし、自信に満ち溢れていました。
受験の数日前に過去問を解いた時、合格ライン辺りを取れており、問題の相性が良かったのだと思います。

その後、複数回受験をすると30点加点される制度があり、残り9点という結果から、更に通学しやすい一番上の学校への合格可能性を考え、1月15日に「特待」で再受験しました。
30点加点があり、さらにこの試験は4校同時判定できるため、まだ判定を受けていない、偏差値的にも一番低い一校は必ず合格できるだろうと思っていました。
しかし、試験を終えた息子は「難しかった」と疲れた顔をして出てきました。「多分ダメだと思う」と。

結果は、どちらも不合格。確実にとれると思っていた安全校も不合格でした。
これは、「チャレンジ受験だから」「受かったらラッキーで、すごい事ことだよ」という事は息子とも話していましたが、目に見えて落ち込んでいました。
10日に合格を頂いた段階で、自信がついて25日の立教新座も申し込んでいましたが、「不合格」になった場合の本番への影響を考え、受験する事をやめました。
これは良い決断だったと今も思っています。

正直1月15日は受ける必要がなかった。と反省する一方で、「不合格」になった時の落ち込み方を早い段階で知る事ができた事、合格続きは喜ばしい事ですが、
ここで厳しい現実もあるという事を経験できた事は、必要だったような気もします。

そこから模試までの間、本人の希望で1月は学校を休んでいたため、午前中は毎日第一志望の過去問、もしくはリトライをやっていました。
私は隣で仕事をしていましたが、驚いた事に毎日毎日4教科を一度も休憩をはさむ事なく集中して取り組んでおり、すごい集中力と体力だなと感心しておりました。
その結果、第一志望の過去問は50回以上取り組んでいました。
しかし一方で、それだけ取り組んでも、合格したのは1度だけ。しかも、その1回はギリギリでした。

受験前日は「緊張する~」と言う息子に、「大丈夫、〇〇があるから」と合格を頂いている学校の話をし、「そっか、〇〇があるか、まあ大丈夫か。忘れてた、良かった~」と埼玉で頂いた「合格」が心のお守りとなっていました。

そして「多分受験生の中で、〇〇が一番過去問やってると思うよ。間違いなく一番だと思うよ」と楽しく、これまでの頑張りを振り返り励ました。
寝る前に「ふ~」と何度も深呼吸を繰り返していたものの、45分程度で眠りにつき安心しました。

そして2月1日。
午前中は第一志望、午後は第二志望の特進クラスを受験しました。

試験が終わった後は、「国語と算数が簡単だった」「理科が、難しかった、しかも最後3問、時間見てなくて書けなかった…」と。
「国語が簡単だった」と「え?国語が?」と、一度も聞いた事ない展開に、とても驚きました。
まさか受験本番でその言葉を聞けるなんて、思ってもみませんでした。
夫には「楽しかった」と言っていたそうです。

その後、午後は別の学校の特進クラスを4科で受験。
受験中、近くで年子の弟が重要なサッカーの公式戦に出場しており、応援に向かい、結果ギリギリPKで勝利。
一日で色んな感情を経験し、感情がジェットコースターのような一日で、私はヘトヘトでした。

一度帰宅し、18時30分まで試験を受けている息子は、本当にすごいなと思いました。
体力のある息子ですが、想像より午前午後4科受験はタフだと感じました。

17時、合格発表の時間。息子はまだ試験中でした。「お母さんが先に見て」と言われていたので、自宅で確認。
とても緊張しました、見るのが怖かったです。その結果「合格」していました。

息子を試験会場に迎えにいき、誰もいない帰り道で「合格」を伝えました。笑顔で大喜びです。
午後に受験した特進クラスも合格していました。

その後3日に第一志望のSTクラスを受験。そちらは「不合格」でしたがスライドでもう一度、一般クラスに「合格」。
第一志望に合格したため、2日と5日は本人の希望でチャレンジ校を受験。そちらはどちらも「不合格」でしたが、息子の顔は晴れやかでした。
受験期間の間、朝のZoom応援、結果が出た後のタイムリーなフォローアップ等、ここまで個別化して対応して下さる塾はないと思います。
最後まで、本当に心強い応援を頂きました。

受験のプランは、色んなケースを想定し、様々なパターンを作り
長期戦になる事も覚悟し、最後まで息子を励ましていこうと覚悟していましたが、
過去問で不合格が続いても諦めずに毎日毎日向き合いやり続けた事、個別の長谷川先生からフィードバック頂きましたが
息子は特に1月に入り、過去問で多くの文章に触れ続ける事で国語が伸びたと感じています。結果的に、記述の多い理科や社会にも対応してきたように思います。

受験後に本人が話してくれたことですが、「初日に合格できてなかったら、後はダメだった気がする。」
「受かると思わなかった。最後にやった過去問が10点足りなくて、泣きそうだった。」と言っていました。
私はそんなことないよ、と言いましたが、多くを語らない息子ですが、すごくプレッシャーを感じていたのだなと改めて感じました。

そして驚いたことに、受験直後から「中学に向けて、英語勉強したいからドリルと単語帳買って」と。すぐ購入し、帰りの電車で勉強。
「英語楽しい」と笑う息子を見て、伸学会で「学ぶ楽しさ」を知れたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。

子どもにとって大切な時期に、伸学会で自ら学ぶ力を身に付ける理想的な教育を受けることができ、小学生という人生の基盤になる時期に関わっていただけたことに大変感謝しています。伸学会の先生方、秦先生、個別指導をしてくださった長谷川先生、本当にありがとうございました。


D君のお母さんありがとうございました