国学院久我山進学匿名希望さんの受験体験記

「そんな親がいるか!」

 

2月1日の夜、久我山の一般第1回に落ち、STを追加で受験したいと言い出した。

父が立ちはだかる。

当初の予定通り、久我山の一般を2回、安全校を2校、適正校を2校、それで行く。変更はない。

STからのスライドがあるんだ、それで合格するんだよ、受験させろ、なんで止めるんだ、そんな親がいるか!顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

そもそも久我山には偏差値が大幅に足りず、過去問は10回解いても合格者最低点に30点足りない。

ましてやST、何をかいわんや。

 

なんだこの光景は。入学試験とは、粛々と進めるものではないのか?

荒ぶる息子を引き剥がし、後藤先生に相談しよう、と静かに伝えた。

 

後藤先生からは、止める理由はない、

・受けられる体力

・受けたいと思う意欲

・前半で合格を勝ち取れる安全校

・お父様お母様が応援したい気持ち

これがそろえば、とお返事をいただいた。

 

 

伸学会には小3の秋、速読パズル道場からお世話になった。

クリームパンのような手をぎゅっと握り、中野まで連れていった。

 

久我山でサッカーをしたい、という目標もでき、引き続き本科に通うことにした。

授業楽しい、先生面白い、友達できた、ガチャ当たった、伸学会が大好きなようだった。

 

肝心の勉強は、6年になっても、宿題はよくて半分、努力が必要な暗記は大嫌いでやらなかった。

学習記録もほとんど記入できなかった。プリントも溢れかえりハムスターの家状態。ノートは忘れ、もらった裏紙に書いていた。

範囲のあるアタックテストについても、何の準備もせず、ノーガードで挑み続け、偏差値28をたたきだした。

 

何度も塾、受験を辞める話し合いをした。しかし、塾は辞めない、久我山に行く、サッカーをする、と譲らなかった。

 

後藤先生との面談では、厳しい挑戦になるが、久我山がモチベーションになっているので変更せず、塾で自習を、と提案された。

 

そこからほぼ毎日塾に通い、家庭では喧嘩になるので勉強については聞かないようにした。

 

そんな3年間を過ごした息子を、

応援したい気持ちはあるか?

……ないような気がしなくもない。

 

父から、残りの安全校、適正校を真剣に受験するなら、STを2回追加で受験しても良いと許可がでた。

 

2月2日、久我山、一般第2回

国語、記述を書き直そうと消しゴムで全部消したら試験時間終了。

 

2月3日、久我山、ST第2回

試験会場に時計がないにもかかわらず、腕時計を忘れ、最後まで解き終わらず。

 

2月4日、午前、適正校を受験し伸学会へ

各教科の先生方から全身全霊の特訓をうける。

夜は喋らず、そばを食べ、すぐに就寝。

(喋ったら忘れるかと思った)

 

2月5日、久我山、ST第3回

見送る際、握手をしたら牛蒡のような手で振り払われる。

社会の記述は全部埋めた。

 

全ての試験終了後、回転寿司を3軒はしごした。

久我山の結果を確認すると、スライド合格。3人で絶叫した。

 

後藤先生、町野先生、原田先生、講師のみなさん、本当にありがとうございました。そして癖の強い息子で大変ご迷惑おかけし申し訳ございませんでした。

息子も、俺が1番注意されて、1番助けてもらった、と言っています。

次の目標は、なんとか付属の高校にあがることです。

 

 

 

⬜︎やって良かったこと

 

・塾を好きになること

 

・行きたい学校を見つけること

→息子は併願校は全て人工芝の状態で決めていました。

 

⬜︎やらなくて良かったこと

 

・勉強について色々いうこと

→喧嘩になるだけで勉強は全く進みませんでした。

 

・プリント整理

→息子が見直しすることはありませんでした。

 

・漢字を綺麗に書くように注意する

→受験前には読める字になっていました。

 

⬜︎注意しても治らなかったこと

 

・ペン回し

・ペンの分解

・消しゴムに穴あけ

・弁当箱をだす