芝浦工大附属進学Mさんの受験体験記

鉄道が大好きな息子は「電車で通学したい」「鉄道研究部に入りたい」という理由から中学受験を考えるようになりました。小学3年2月に伸学会へ入塾し、志望校も鉄研のある学校に絞ってスタートしました。当時は勉強習慣もなく、勉強自体も好きではなかったため、まずは興味を持たせ、楽しく学べる環境を作りたいと考えていました。子どもの性格をよく知る友人から伸学会を勧められたことも大きなきっかけでした。

 

<入塾後の4〜5年生>

入塾後のアタックテストでは、単元が変わるたびに成績が大きく上下し、興味のない分野にはまったくやる気が出ない状態でした。家ではほとんど勉強せず、5年の秋には授業内容が難しくなったこともあり成績が伸び悩み、家庭でもイライラが増えました。

本人は「何とかなる」と楽観的で、スケジュールを立てない、間違いを放置する、リトライまでたどり着かないという悪循環。それでも塾には通い続け、塾のお友達と一日鉄道旅に出かけることもありました。

私自身も言い過ぎたと感じるたびに自己嫌悪に陥り、菊池先生の『親がやるべきサポート大全』を読み返しては反省を繰り返しました。結局、6年の夏までは受験生らしい生活とは言えませんでした。

 

<6年生・志望校決定の遅れ>

6年9月に過去問対策が始まりましたが、志望校はまだあやふやなまま。4〜5年のうちに学校見学や文化祭に行ければよかったのですが、習い事の都合で見送ってしまい、6年秋になって慌てて見学を開始。1日に2校回ることもありました。

その頃からようやく本人の意識が変わり始めましたが、親としては「まだ受験生として足りない」と不安が続きました。

文化祭に参加し、自分の成績を理解し始めたことで志望校を絞り始めましたが、第1志望の過去問初回はマイナス81点。面談では「相当異常でないと間に合わない」と言葉をいただきました。しかし、過去の生徒さんの成功事例も含め、時間当たりのやるべき量や具体的にやるべきことをアドバイスいただきました。

志望校は親の意見を聞かず、本人が自分で決めていました(1月の埼玉受験校以外)。

 

 

<過去問対策と変化>

9月から週1で個別指導を受け、算数を強化。「下剋上算数」にハマり、16印が始まると学校から帰るとすぐ塾へ行く生活になり、結果的に毎日塾に通っていました。家で勉強する姿はほとんど見られず、朝に「下剋上」と「語句っと」をやる程度でした。

 

<直前期のアクシデント>

正月特訓のあとインフルエンザにかかり、2日間寝込んで全く勉強できませんでした。回復後は「下剋上」「語句っと」に取り組み、「ヨンデミー」で先生の感想を読んだり、親は焦るばかりでしたが、本人は「睡眠大事!」と言いながらのんびり過ごしていました。

 

<1月受験と自信の獲得>

予定していた1月受験校の過去問もできないまま1月10日受験日を迎えました。受験校は12月末に急遽決めた学校。当初は千葉の学校を考えていましたが、周囲の合格報告や日程の遅さを考え、3校同時判定の学校を選びました。

当日は気持ちに余裕があり、駅でスタンプラリーをするほど。

そして、これまでの模試の結果では手が届かないと思われた学校に合格。通学圏内でもあったため大きな自信となり、2月受験のプラン変更の際にも影響しました。

ここから息子は見違えるほど集中し、第1・第2志望の過去問を徹底的に解きました。個別では論述の書き方も教えていただき、過去問スケジュールはすべて先生にお任せ。前日は「合格パスポート」を見返し、自分で注意事項を書き込んでいました。

 

<2月1日>

2月1日は午前に第1志望、午後に第2志望を受験。

朝は緊張しつつもどこか落ち着いているように見えました。学校に入る前に息子から「今までありがとう」と声を掛けられ、息子の口から出てくる言葉とは思えず、きっと先生からご指導いただいたのかなと思いつつも、会場で分かれた後、涙が出てきました。

午前の試験後は表情も明るく手応えを感じている様子。午後の受験校へ移動の中央線グリーン車に大興奮しつつも、午後の試験後は「難しかった」と一言。大きく落ち込んではいませんでしたが、不安が見えました。

夕方、先生と見直しをするとケアレスミスも多く、手応えも揺らいでいるようでした。

翌日のプランをめぐり先生と相談し、家族会議もしましたが、息子は頑固に「第1志望を再挑戦したい」と譲らず、翌日も第1志望校へ。そこには1月の合格校があるという背景もありました。

結果は誰にも予測できません。ただ、息子が選んだ挑戦を尊重し、全力で応援することにしました。

 

<2月1日 夜>

21:00 第1志望 不合格
22:30 第2志望 不合格

第1希望に続き、第2希望までも不合格。

  • 明日は本当に第1希望校に再挑戦させて良いのか
  • 朝、どんな言葉をかけるべきか
  • どう気持ちを立て直させればいいのか

遅い時間にもかかわらず、先生からアドバイスをいただきました。
夜通し考え続け、「翌日の受験校を切り替えるべきか」という葛藤が頭から離れませんでした。

 

<2月2日>

息子は早く寝かせていたため結果を知らず翌朝を迎えました。いつ心変わりしてもいいように念のため第2・第3志望の受験票も持参。

朝はできるだけ明るく声をかけました。息子は前夜の結果を聞いてきませんでした。

それでも息子は第1志望一本での再挑戦を選びました。

試験直前、先生とのZoom面談で見せた引きつった表情。それでも気丈に振る舞おうとする姿に胸が締め付けられました。

午前の試験が終わり、昼食中も落ち着かず「難しかった」とつぶやき、「合格パスポート」や先生のコメントを何度も読み返していました。

試験後は自信なさげでしたが、塾で見直しをしていただき、帰宅時には落ち着いていました。

 

<2月2日 夜>

まさか合格するとは思わなかったため、息子は翌日に備え早く就寝していました。

21:00 合格

息子を起こすか迷いましたが、ぐっすり眠っていたので翌朝伝えることにしました。
朝、結果を伝えると照れながらもホッとした表情で、心から嬉しそうでした。

 

<振り返って>

  • 1月の埼玉受験の意義

2月の都内受験の前に受けた埼玉の併願校で合格を得ていたことは、今振り返ると、この合格がなければ2月2日に第1志望校一本で再挑戦する決断はできなかったと思います。
「1月は練習」ではなく、その意義をしっかり理解し真剣に挑むことも必要だったと思います。

  • 息子の「覚醒」

秦先生、中村先生が「覚醒」と表現してくださいましたが、直前1か月の変化はまさにその通りでした。
何がきっかけだったのかは今もわかりません。もっと早く…という気持ちもありますが、ここまでの土台を先生方が積み上げてくださったこと、塾での学びの中で息子なりの気づきがあったのだと思います。

最高の状態で2月を迎え、結果を出した息子を心から誇りに思います。

  • 余談

第1志望校の結果にかかわらず、2月4日は難易度の高い併願校を受験する予定でした。

その結果も合格。
第1志望校への入学を決めていたため心変わりはありませんでしたが、最後まで驚くほどの結果を残してくれました。

2月1日の困惑、2日の歓喜、4日の驚き。この心の振れ幅は二度と味わいたくないほどでしたが、息子の成長を実感できた忘れられない経験となりました。

 

<最後に>

ここまで息子を導いてくださった伸学会の秦先生をはじめ、皆様に心より感謝申し上げます。
何かあるたびに愚痴を聞いてくださり、状況に応じた声かけや子どもへの関わり方を教えていただきました。

子どもの些細な表情から塾での様子を丁寧に伝えてくださり、その都度どう対応すべきか教えていただけたことにも深く感謝しています。

3年間、温かく見守り支えてくださり、本当にありがとうございました。