品川女子学院進学Nさんの受験体験記

娘は、兄の中学受験の最終盤になって「私も受験がしたい」と言い出しました。新5年生からの塾通い。習いごとの曜日とかぶらない、やや面倒見の良いという大手塾にかよわせてみました。が、聞きしにまさる宿題量に、これは続かない…と1ヶ月で辞めさせました。その後は近所の小規模塾に。しかし、先生も生徒も少なすぎる環境に飽きがきたようで、しだいに勉強をしなくなりました。受験はやめる?という話もしましたが、習いごとの発表会がたて続けに終わったタイミングで、本人からもう一度だけ塾を変えたいと申し出がありました。

 

実は、兄の中学受験のときから気になっていたのが伸学会です。大手塾のスタイルに疑問を感じたこともあり、相談にうかがったこともありました。娘は、なにごとも自分で決め、自分で実行する性質で、親の手助けが必要な塾は論外。当初から、伸学会が適していると思っていたのですが、習いごとも大事な娘にあえて勧めてはいませんでした。

 

状況が整い、伸学会に入会したのは5年生の10月。初日からすっかり馴染み、お友だちもでき、毎回とても楽しみに通っていました。また、クラスが複数あるという環境や先生からの働きかけで、偏差値や点数を意識するようになり、11月からはアタックテストの自己ベストを何度も連続で更新していました。表彰してもらえる嬉しさもあってか、自分の成績にこだわる良い流れにのったなと見ていました。

 

とはいえ、6年生になっても家での勉強量はこちらの思うようではなく、学校から帰ってくるとまずタブレット、漫画、読書、と勉強するまで延々と回り道があり、塾がある日でもお友だちと遊びに出ることもありました。「何時から勉強するの?」「スケジュールはたてたの?」という毎日のやりとりにこちらも疲弊しましたが、夏の合宿で伸学会熱が高まり、夏期講習からは自習室に通うことも増え、9月以降は毎日のように塾に行くようになりました。

 

勉強量が増えたためか、模試の成績は伸びて志望校までもう少しとなり、過去問演習では合格点を超える回もあったようです。しかし、家でののんびりモードは冬休みになっても変わらず、あと少しの積み重ねを…と焦る親を尻目に、正月の受験生特訓になってもフワフワとした様子はつづきました。

 

そんな彼女が変わったのは、1月初旬の受験が終わった翌日でした。その日を境に、驚くべき集中力で、勉強25分、休憩5分のサイクルを起きているあいだ黙々と繰り返しはじめました。ご飯、お風呂、塾、睡眠以外の時間はずっと机に向かって勉強していました。一問一答の知識問題や解き直しは答えを覚えてしまい、「残りの時間で何をすれば良いですか」と先生方に問い合わせ、お勧めされた教材を2周、3周と解き込んでいました。

家は常に静まりかえり、25分と5分を知らせるタイマーの音だけが鳴り響くという、いま思い返しても奇跡のような研ぎ澄まされた時間でした。

 

そして、熱望していた学校に合格しました。

 

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私は、模試の結果などには目を通していましたが、勉強の中身は見たこともなく、なにをどのようにしているのか最後まで分からずじまいでした。受験が終わった娘から「よく口出ししなかったよね」と言われたのですが、非常に口うるさい母親ですので、自分でもよく我慢できたと思います。それもこれも全て、伸学会のおかげです。先生方の指導のもと、娘は勉強の全てを自分でハンドリングし、機嫌よく勉強し、楽しく通塾していました。こちらが不安や疑問に思うことは、どんなことでも先生にご相談し、そのたびに丁寧かつ的確に対応いただきました。私が先生方に寄せる信頼は、おそらく娘のそれ以上だったと思います。

 

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娘の勉強は最後の最後まで鼻唄まじりで、驚異の集中力を見せた直前期も、「(志望校の)廊下を走って先生に怒られた夢をみた」とか「また今日も合格した夢をみた」と話していました。夫と私は、こんなにもポジティブな受験生がいることに驚かされるばかりでした。

 

先生との距離の近さ、お友達との絆、楽しく勉強できる仕掛けと環境、大好きな伸学会だったから、娘は常に前向きに楽しく頑張れたのだと思います。前向きな言葉を掛け続け、合格しか見えない娘のポジティブモードをつくり、陰に日向に娘の学びを導いてくださったのは江藤校舎長、楠原先生、笹川先生をはじめ、多くの先生方でした。

娘のスーパーポジティブ受験は、伸学会でなければ叶えられませんでした。

お力添えくださった先生方に心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。